出演団体

当イベントの出演団体をご紹介しています。

高円宮殿下記念地域伝統芸能賞浜田石見神楽社中連絡協議会

団体名
浜田石見神楽社中連絡協議会
地域名
島根県浜田市
芸能名
石見神楽

石見神楽は島根県西部(石見地方)の伝統芸能で、古くは室町時代から舞われていたとの説もあります。明治期に神職の手から地域住民の手へ受け継がれ、舞手や神楽道具に携わる様々な人々の努力によって、伝統を受け継ぎ発展を続けています。特に浜田市は八調子神楽発祥の地で、石州和紙で作られた神楽面や大蛇の提灯蛇胴、豪華絢爛な衣裳も浜田で考案・改良され、広く普及しました。

1970年に開催された大阪万博での上演を契機に国内外に高い評価を得て、現在では日本を代表する伝統芸能の一つとして世界各地での上演も行っています。
浜田石見神楽社中連絡協議会は1981年に結成され、現在では神楽大会の運営や海外公演、神楽カレンダーの作成等の活動を通じて、伝統の継承や地域振興の面で大きな役割を担っています。

地域伝統芸能大賞 保存継承賞石井芸能保存会

団体名
石井芸能保存会
地域名
福島県二本松市
芸能名
石井の七福神と田植踊

当芸能は元々旧暦の小正月に演じられていた予祝芸能です。その年の稲作や養蚕の豊穣を祈り、主に踊りの形で田植など稲作の耕作過程を模擬的に演じます。東北地方特有の田植踊の一つで、国重要無形民俗文化財に指定されています。

この芸能は七福神が登場した後、田植踊の一行が舞い込む形で行われています。七福神は、歌い手の口上につれて先導役の稲荷が登場し、続いて七福神が次々と舞い込み、道化2人が注連縄と蚕のまぶしを編んで当主に差し出し、稲作・養蚕が順調であることを祈願します。続いて田植踊の一行が登場し、正月の祝い・稲作の過程・秋の穫り入れを祝った踊りを踊ります。 今日では正月の年重ねのお祝いの席に依頼されて踊っています。

地域伝統芸能大賞 活用賞仙台・青葉まつり協賛会

団体名
仙台・青葉まつり協賛会
地域名
宮城県仙台市
芸能名
仙台すずめ踊り

『仙台すずめ踊り』は、法被姿に扇子を両手に持ち、軽快にはね踊る仙台を代表する郷土芸能として、毎年5月に開催される「仙台・青葉まつり」をはじめ、さまざまな場面で踊られています。今年の仙台・青葉まつりでは140を超える祭連(まづら)が参加しました。今回『仙台すずめ踊り』をご披露させていただくのは、各祭連(まづら)からの選考による踊り手、囃子手で結成された選抜チーム「仙台すずめ踊り伊達の舞」です。「仙台すずめ踊り伊達の舞」は、「すずめ踊り親善使節団」として日本国内はもとより海外でも演舞を披露し、仙台や宮城のPRを担っています。最近ではミラノ万博で演舞を披露し、大好評を得ました。東日本大震災後は、各地で演舞を披露し、感謝の思いと元気な仙台を発信しております。

地域伝統芸能大賞 支援賞伊藤 よし

団体名
伊藤 よし
地域名
山形県飯豊町
芸能名
花笠まつり用菅笠の製作体験

山形を代表するお祭り、「花笠まつり」で使われている「花笠」用の菅笠作りの実演は、菅笠の枠にすげをからめる筒がらみから、すげ付け、縫い上げ、へり付け等の工程を見せながら体験を行います。

菅笠作りは山形県飯豊町中津川地区で古くから栄えてきた産業であり、信仰の山「飯豊山」に登山する修験者や農作業に被るものを農作業後の冬仕事として代々伝わってきたものです。現在では作り手が減っていますが、花笠まつり用の花笠の約8割の生産を占めており、後継者の育成が急務となっています。

伊藤よし氏はこの伝統を絶やしたくないと、地域の若い人や県内外からの希望者に技術指導を行い、少しでも後継者育成に協力したいと技術の伝承を惜しまずに行っています。会場では、子ども達にも、製作指導を行います。

域伝統芸能大賞 地域振興賞安来節保存会

団体名
安来節保存会
地域名
島根県安来市
芸能名
安来節

安来市は古くから鉄や米の積出港として栄え、元禄の頃に北前舟の船頭たちによって、全国の追分、おけさなどの民謡や、田植歌、船歌などが盛んに交流しました。江戸末期には、いろいろな音楽の影響を受けながら「安来節」として変化、成長していきました。

安来節の黄金時代は、明治後期から大正、昭和にかけてであり、黄金時代を築いた初代渡部お糸は、安来節の全国巡業をはじめ、大正中頃には朝鮮・台湾・満州まで遠征活躍し、安来節を全国的民謡に押し上げました。

安来節保存会は明治44年に安来節の正調を保存するとともに、その振興と日本民謡文化の発展に寄与することを目的に創設されました。現在では、本部道場をはじめ全国に62支部、会員数は3,200名を数える単独の地方民謡団体として日本有数の組織となっています。

地域伝統芸能奨励賞茎永校区青年団

団体名
茎永校区青年団
地域名
鹿児島県南種子町
芸能名
蚕舞(かーごまー)

種子島の南部、南種子町茎永に伝わる「蚕舞」は、毎年1月14日から20日にかけて各家を訪問する小正月行事です。まず、玄関前に並び、太鼓と鉦に合わせて歌をうたいます。そして頭巾に着物姿で女装した成年男子が、家にあがり扇子や座敷の柱に掛けているダゴ(柳の枝に餅をさし繭に似せたもの)を担いで優雅な舞いを披露します。もともと養蚕が盛んになるようにと、島主が奨励して行わせていたものといわれており、現在は、家内繁栄と無病息災などを祝う行事として地域で伝承されています。
茎永地区では、茎永校区青年団が主体となって伝統行事である「蚕舞」を継承しており、地域の高校生にも呼びかけるなど、「蚕舞」を絶やさないように活動を続けています。

神影流桜棒の手保存会・大森検藤流棒の手保存会

団体名
神影流桜棒の手保存会
大森検藤流棒の手保存会
地域名
愛知県名古屋市
芸能名
棒の手

「棒の手」は、棒や刀、なぎなた等を使った武術的な民俗芸能であり、愛知県内各地に多数の流派が伝承されています。
その発生については、多くの場合、棒の持つ呪術的な要素が発達した神事芸能であり、農民が自衛のために始めたものであるという、二つの観点から説明されています。普及には修験者などが関与したともいわれ、若者組が伝承する神事芸能として各地で流行しました。

また、飾り馬を奉納する「馬の頭行事」とも深い関りをもつ芸能でもあります。
「神影流桜棒の手保存会」は、源義経が始めた棒術が、後に尾張の六右衛門に伝授されたもので、その正統を名古屋市南区桜の地で伝承しています。

また「大森検藤流棒の手保存会」は、名古屋市守山区大森を拠点に活動しており、永禄11年(1568)、柴田勝家の家臣毛受家照によって、むやみに殺生をしない仏道の精神を活かした独特な型が編み出されたのが流派の起源と言われています。

久万山五神太鼓保存会

団体名
久万山五神太鼓保存会
地域名
愛媛県久万高原町
芸能名
久万山五神太鼓

今を去ること約400数十年の昔、戦国時代の久万山の地。四国制覇の野望に燃える土佐の豪族、長曾我部元親は、勢いに乗じて伊予の国、久万山に侵攻しました。久万山五神太鼓はこの侵略を阻まんとする、伊予久万山の戦国武将、大野直昌との大野ヶ原、笹が峠の合戦を伝承し、復元・創作された勇壮な戦陣の太鼓です。

打ち方は戦陣の太鼓らしく、柔、鋭、激、すなわち、柔らかく、鋭く、力強くをモットーにしています。守護神のダイバの仮面をつけ、強く、激しく打ち切るところが、この太鼓の最大の見せ場となっています。

地元に残された伝統技能を絶やさぬように、後継者育成にも力を入れ、幼稚園児から高校生まで、将来地元で活躍してくれる若者に指導しています。いつか同じ舞台で叩いてくれることを期待しながら…。

北谷町栄口区青年会

団体名
北谷町栄口区青年会
地域名
沖縄県北谷町
芸能名
エイサー

エイサーは本土の盆踊りにあたる伝統芸能のひとつであり、それぞれの青年会が型をもち、旧盆(沖縄では旧暦7月13日~7月15日)の夜に地域内を踊りながら歩きます。エイサーの形態はいくつかに分類されており、ほとんどの青年会は、大太鼓、小太鼓、手踊りで構成されています。

北谷町栄口青年会は、北谷町施行の際、旧謝苅1区から引き継いだものであります。北谷町栄口エイサーは、オリジナルの栄口節を加えた事により、自分達のエイサーに対する誇りが生まれ、現在のエイサーにつながっています。

特徴は栄口節のゆったりとした流れの中に、地域の発展を願う区民の心を演舞します。また、スンサーミー節の静と動は見ごたえがあり、唐船ドーイは2バージョンあり、二度、三度のアップテンポの後、全員が一気に静止状態になります。鍛えあげた技と情熱の演舞をご堪能いただきます。

諫早まつりのんのこ連

団体名
諫早まつりのんのこ連
地域名
長崎県諫早市
芸能名
諫早のんのこ皿踊り

宴席の祝い唄。小皿を2枚ずつ両手の指にはさんで打ち鳴らしながら踊る客席の祝い歌です。干拓の潟を担い上げる等厳しい労働の後、皿や手拭を手に持って踊ったのが原型と言われています。

「のんのこ節」の元唄は「芝になりたや箱根の芝に」ですが、源流は「箱根馬子唄・長持唄」にさかのぼり、「ノンノコサイサイ」という囃子言葉から、「のんのこ節」と名付けられたものと思われます。昭和30年に新考案の舞台踊り「本踊り」、続いて流し踊り「道行き」も編み出され、その後同59年に「新のんのこ」、平成2年には「まつりのんのこ」が新たに加わり、地元の秋を彩る「のんのこ諫早まつり」は前夜祭を含めた三日間、6千余名の街踊り等で大変な賑わいとなります。

国府町因幡の傘踊り保存会

団体名
国府町因幡の傘踊り保存会
地域名
鳥取県鳥取市
芸能名
因幡の傘踊り

「因幡の傘踊り」は、江戸時代に因幡地方で行われた雨乞い祈願の伝説を起源としています。揃いの浴衣、白鉢巻にタスキ掛けの凛々しい出で立ちに、100個の小鈴をつけ、金・銀多彩な色紙で美しく彩った長柄の傘を、唄に合わせて回転させながら振り回す、勇壮活発な踊りです。「因幡の傘踊り」発祥の地、鳥取市国府町では、現在4つの支部で保存会が組織され、県内外で積極的な活動を行っていて、各地で賞賛されています。

昭和49年には、鳥取県無形民俗文化財に指定され、平成5年、平成14年には北京市で、平成7年にはニューヨーク(カーネギーホール)等、海外での公演も果たしています。また、平成11年には文部大臣賞、平成17年には、地域伝統芸能大賞地域振興賞を受賞しています。

綜芸団台湾台中傳練堂

団体名
綜芸団台湾台中傳練堂
地域名
台湾
芸能名
獅子舞

縁起良き、双子の獅子。銅らと大鼓が響く、黄金万両稼ぐ

台湾の伝統祝祭文化と台湾の特徴である勇猛果敢、戦いと騒ぎが好きな獅子舞をさまざまな高難度の獅子舞演芸でアピールしています。両側から観客たちに挨拶すると、めでたい喜びと一家団欒の雰囲気が漂います。

そして、空を行く雲や流れる水のように生きているように階段柱を登って、飛ぶ、宙に浮ぶ、眺める、膝を踏む、飛び出す、前方を見張る、振り返るという高難度の「獅子舞の八状態」を展開します。獅子たちは、力と美しさの巧みな技を極めて、その完璧で、変化がめまぐるしい動きで、豊かな表情と色付きを出し、まるで生きているように表現します。

またこの獅子舞は、いろんな武術の演技を披露し、迫力満点の布陣の芸術力で観客を魅了します。

バリ国際自然愛好協会 ブルー・スカイ・ユースチーム

団体名
バリ国際自然愛好協会
ブルー・スカイ・ユースチーム
地域名
インドネシア バリ島
芸能名
ワンダフルインドネシア
“ネイチャー・ラビング・パフォーマンス”

インドネシア、バリ舞踊の中でも代表的な歓迎の舞踊“ペンデット”、バリのガンブ古典舞踊劇の影響を受けた男性ダンサーによる“プラティサラ・ウタマ”、そして“インドネシアのスピリット”と題してスマトラ、ジャワ、バリ、カリマンタン各地とジャカルタの先住民ブタウィの民族舞踊の融合をご覧いただきます。「神・人・自然の調和」を最も大切にする伝統的な哲学を表現した創作舞踊“ジョイアス・ダンス”をご覧いただきます。

2005年に設立されたバリ国際自然愛好協会に所属するブルー・スカイ・ユースチームはこれまで多数の国際芸術祭に参加しています。現在100名を超えるダンサー達は、常に幸せをふりまき、自然と世界平和を愛する事を世界に伝える素晴らしい個性の持ち主です。“多様性の統一”をモットーに、伝統舞踊と自然愛満ちる歌のコンビネーションにより、インドネシアの多様な民族の多様な伝統文化、習慣の保全に貢献しています。

見々久神楽

団体名
見々久(みみく)神楽
地域名
出雲市見々久町
芸能名
見々久神楽

見々久神楽は、約200年前に町内に御崎神社が造営され、その氏子となって現在に至るまで、毎年10月25日の例祭に奉納しています。全体の構成は他の出雲地方の神楽とだいたい同じですが、他の神楽では既に廃絶した演目をかなり多く残しているので、昭和34年に出雲市無形文化財に、ついで昭和36年には島根県無形民俗文化財に指定されました。演目は出雲地方の神楽の原則に従って進みますが、中でも式三番の「翁」と狂言の「節分詣」は、近郷では他に残っているところはありません。古の神楽の伝説をご覧ください。

今福神楽社中

団体名
今福神楽社中
地域名
浜田市金城町
芸能名
石見神楽

今福神楽社中は、明治初期に今福八幡宮に奉納されていた六調子の神職神楽を皆合地区の若者が受け継ぎ、昭和8年に長見神楽社中より八調子神楽を習得。第二次世界大戦に舞子の若者が出兵し、演目によっては舞い姿が分からなくなって、昭和21年に長浜神楽社中より新たに八調子神楽を習得したとされています。

一時期後継者不足でしたが、昭和45年に今福神楽社中として再結成し、現在では小中、高校生も社中の大黒柱として保存伝承に取り組んでいます。最近では、県外の大会やイベントにも出演して、町のPRや地域間交流に役立っています。

島根県立出雲農林高校出農太鼓部

団体名
島根県立出雲農林高等学校 出農太鼓部
地域名
出雲市下横町
芸能名
出雲太鼓

島根県立出雲農林高校出農太鼓部は、本校が70周年を迎えた平成15年に活動を開始し、今年で創部14年目となりました。現在、部員は1~3年生計37名で、日々より良い演奏ができるよう、稽古に励んでいます。出東納涼祭りや出雲神話祭りなど地域の行事にも数多く出演させていただき、毎回、演奏後の拍手に部員一同感激して地域の皆様に支えられていることを実感しております。また、4年連続で全国総合文化祭にも出場しており、和太鼓の魅力を広く伝えています。

赤塚神楽佐儀利保存会

団体名
赤塚神楽佐儀利保存会
地域名
出雲市大社町
芸能名
赤塚神楽

赤塚神楽の起源は不明ですが、江戸時代から赤塚荒神社の氏子によって継承されてきた奉納神楽で、「出雲里神楽(採物神楽)」とされるものです。佐陀神能の影響を強く受けた能楽風の出雲古神楽の舞い振りが残され、特に荒神(国譲り)の舞いなどでは、一見粗野である中に力強さや激しさを表現し、かつて出雲一円で見られた修験風の舞いの所作を現在でも継承しています。近年では毎年の赤塚荒神社例祭奉納神楽を中心に、出雲大社での奉納神楽など、さまざまな場所で公演しています。

杵束神楽社中

団体名
杵束神楽社中
地域名
浜田市弥栄町
芸能名
石見神楽

杵束神楽社中は元神職神楽で、明治のはじめ頃に氏子神楽へと変わったようです。起源は定かではありませんが、言い伝えによると江戸末期頃から始まったといわれており、250年以上の歴史を誇ります。

現在でも宮付き楽人として祭典の楽人を務めるほか、弥栄町内の神社の例祭には欠かすことができない神楽を奉納しています。大阪弥栄会などのイベントにも出演し、地元の小学校で神楽指導を行うなど、本来の地域の伝統・文化を、次の世代に伝承するように、少人数ながら頑張っています。

岡見神遊座

団体名
岡見神遊座
地域名
浜田市三隅町
芸能名
石見神楽

三隅町石見神楽社中協議会は昭和61年に神楽の後継者育成や石見神楽の振興、発展を図ることを目的として三隅町内6神楽社中により結成されました。

その中の「岡見神遊座」は江戸末期に結成されたと伝えられています。昭和5年に衣装一式が火災により焼失し活動を中断していましたが、昭和28年に地区の方々の援助により、社中名も「岡見神遊座」と改名し活動を再開しました。先人から受け継いだ貴重な「石見神楽」を後世に残せるよう、舞の道、所作などを忠実に引き継ぐことをモットーとしています。

津和野踊保存会

団体名
津和野踊保存会
地域名
津和野町
芸能名
津和野踊

津和野踊は、江戸時代のはじめ、津和野藩の亀井氏が津和野に入城した頃から伝わり、以来盆踊りとして踊り継がれ、今年で400年目を迎えます。踊りの所作には「ナンバ」「拝み手」などがあり、囃子はゆったりとした哀愁のある旋律と、室町時代の流行り歌にも通ずる歌詞に特徴があります。黒頭巾で顔をすっぽりと隠した独特の衣装が目を引きます。現在では、8月10日の「観音講柳まいり」をはじめとして町内各所で踊られ、同月15日の夜、城下中心地の殿町通りでの盆踊りがメインとなっています。

海士町キンニャモニャ保存会

団体名
海士町キンニャモニャ保存会
地域名
隠岐郡海士町
芸能名
隠岐民謡「キンニャモニャ」

毎年8月第4土曜日に開催する「キンニャモニャ祭り」は、島内外から参加者総勢1000名を超える海士町最大のイベントです。民謡「キンニャモニャ」の誕生については他説ありますが、実在の人物である杉山松太郎が明治10年に勃発した西南戦争に従軍し、その地の唄をうつろに覚えて持ち帰った曲として歌い継がれたと言われています。現在では両手にしゃもじを持って愉快に踊られています。

海士町キンニャモニャ保存会は、民謡「キンニャモニャ」で郷土愛を育み、次世代に継承保存し、交流人口拡大に努めて地域振興に大きく携わっています。

阿波おどり振興協会

団体名
阿波おどり振興協会
地域名
徳島県
芸能名
阿波おどり

阿波踊りは、徳島が世界に誇る伝統芸能です。阿波おどり振興協会には、特に技術の優れた有名連16連が所属し、阿波おどりの歴史と伝統を守りつつ、時代の要求を巧みに取り入れながら、発展を続けています。

豪快で自由奔放に踊る男踊りは、力強く躍動感にあふれ、手を高く上げてしなやかに一糸乱れぬ女踊りは、阿波おどりを象徴する美しさのひとつ。「鳴り物」と呼ばれる奏者たちが踊り子をリードします。有名連から選抜されたトップクラスの踊り子たちによる豪華な共演をご堪能ください。

大土地神楽保存会

団体名
大土地神楽保存会神楽方
地域名
出雲市大社町
芸能名
大土地神楽

大土地神楽は、古くから大土地荒神社の神主によって舞われていましたが、寛政10年の「祷家順番帳」によると、宝暦年間には既に素人神楽が舞われ、その頃から子供神楽も舞を奉納していることが確認でき、300年以上途絶えることなく民衆によって受け継がれています。平成17年には国の重要無形民俗文化財に指定されました。その舞振りや奏楽は、毎年10月の大土地荒神社例祭で昔ながらの形で受け継がれており、とかく観衆を意識し、楽しませる所作・演出が随所に見受けられます。神楽の素晴らしさを多くの方に知っていただきたいです。

丸原神楽社中

団体名
丸原神楽社中
地域名
浜田市旭町
芸能名
石見神楽

丸原神楽社中は大正14年に結成し、石見神楽の中でもテンポの早い「八調子神楽(ハッチョウシカグラ)」を継承し活動しています。

悪業のため追われた須佐之男命(スサノオノミコト)が出雲の国の斐の川に差し掛かると、老夫婦が嘆き悲しんでいました。老夫婦には8人の娘があったが、大蛇(オロチ)が毎年現れて、『7年に7人の娘をとられ、最後の1人も取られる運命』にありました。そこで、須佐之男命は大蛇退治を約束し、毒酒をつくらせ、大蛇が飲んで酔ったところを退治する神話の様子を表しています。

万九千社立虫神社神代神楽保存会

団体名
万九千社立虫神社神代神楽保存会
地域名
出雲市斐川町
芸能名
万九千社立虫神社神代神楽

万九千社立虫神社神代神楽は、約400年の歴史をもつ出雲神楽のうち、「神主神楽」の系統にあたる神事芸能です。古くより、出雲平野の神主が舞い奏でてきた七座と神能を現在に伝えています。出雲地方西部の神主神楽をとりまとめてきた万九千社立虫神社の代宮家(宮司家)の錦田家(旧姓、石塚家)に伝来する舞と奏楽を、戦後は神主と氏子が一体となって継承しています。

神事である神楽の本義を子孫に伝え護りつつ、出雲大社をはじめ、伊勢の神宮、大阪の住吉大社、奈良の大神神社、東京の神田明神など県内外の神社で奉納しています。

さだ須佐太鼓

団体名
さだ須佐太鼓
地域名
出雲市佐田町
芸能名
さだ須佐太鼓

さだ須佐太鼓は、昭和57年に出雲市佐田町須佐神社の膝元で誕生しました。能面を付けて太鼓を打つ、独特の演出が人気を呼び、近年はさだ須佐太鼓、さだ須佐太鼓ジュニアで、県内外をはじめ海外にも活躍の場を広げています。「和太鼓」を通して地域文化の振興と青少年の健全育成に努めています。

天照大神を岩戸から出すために歌や踊りの賑わいをする「岩戸」、荒々しい白波が岩を打ち砕け散る様を表した「須佐太鼓津軽」、須佐男之命の鬼退治をモチーフにした「目田鬼面太鼓」を披露します。

三谷神社投獅子舞保存会

団体名
三谷神社獅子舞保存会
地域名
出雲市大津町
芸能名
三谷神社投獅子舞

三谷神社投獅子舞の創始は未詳ですが、享保2年の雲陽誌にその存在が記されていることから、約300年前にはあったと推定されています。かつて出雲の国には、「投げ獅子」といわれる獅子頭を投げつけるように舞う獅子舞が多くありましたが、そのほとんどが「伊勢大神楽」流の獅子舞に改変されたと考えられ、現在では三谷神社にのみ「投げ獅子」が残っています。

毎年11月3日の例大祭に奉納され、徹底した「投げ獅子」を継承し、躍動感あふれる力強い舞いが特徴です。昭和62年には島根県無形民俗文化財に指定されました。

荒茅盆踊り保存会、大梶盆踊り保存会、河下盆踊り保存会

団体名
荒茅盆踊り保存会、大梶盆踊り保存会
河下盆踊り保存会
地域名
出雲市
芸能名
荒茅盆踊り、大梶盆踊り、河下盆踊り

出雲盆踊りとは、出雲市に伝わる盆踊りをもとに各地域の特色を表現した詞をあわせた創作盆踊りです。

荒茅盆踊りは、歌舞伎の始祖「出雲阿国」が江戸時代のはじめ、出雲大社の巫女として伝えた念仏踊りが由来といわれ、昭和34年に出雲市の無形民俗文化財に指定されました。大梶盆踊りは、江戸時代に荒木浜を開拓した大梶七兵衛翁の功績を末永く顕彰するために作られました。河下盆踊りは、隠岐に流された後醍醐天皇が鰐淵寺に祈願された際、僧の頼源が行った念仏踊りが起源とされており、出雲市の無形民俗文化財に指定されています。

三原やっさ踊り振興協議会

団体名
三原やっさ踊り振興協議会
地域名
広島県
芸能名
三原やっさ踊り

1970年に大阪市で開催された「日本万国博覧会」への出演を機に、広島県を代表する民謡踊りである「三原やっさ踊り」をさらに継承・発展させるために発足したのが「三原やっさ踊り振興協議会」です。

永禄10年に小早川隆景が瀬戸内の水軍を統率するために、備後の国・三原の湾内に浮かぶ大島と小島をつないで海城を築きました。この築城を祝って老若男女問わず三味線や太鼓、笛などを打ち鳴らし、踊りだしたのが始まりと言われ、それ以来、祝いごとは『やっさに始まり、やっさに終わる』習わしになったと伝えられています。

島根県立浜田商業高等学校、島根県立江津工業高等学校、島根県立江津高等学校、島根県立邇摩高等学校 合同

団体名
島根県立浜田商業高等学校
島根県立江津工業高等学校
島根県立江津高等学校
島根県立邇摩高等学校  合同
地域名
島根県西部
芸能名
石見神楽

島根県西部の高校では石見地方に伝わる郷土芸能の八調子石見神楽を部活動等として行っている学校があり、平成17年に浜田商業高校で郷土芸能部、平成26年に江津高校で石見神楽愛好会、平成28年に邇摩高校で石見神楽同好会としてそれぞれ発足し、活発に活動しています。

地元神楽社中にも所属する部員も多いですが、中には高校に入って初めて石見神楽を経験する生徒もおり、学校での活動を通して地域に愛着を持つきっかけとなっています。

今回は4校合同で石見神楽「大蛇」を上演します。若さあふれる舞をぜひ、ご覧ください。

浜田郷土民謡保存会

団体名
浜田郷土民謡保存会
地域名
浜田市
芸能名
浜田民謡

昭和56年に浜田地方の民謡を保存するため保存会を設立し、今年で35周年を迎えます。浜田民謡は、昭和6年の新聞紙上に当選歌が発表され、作詞は秋田豊氏、作曲は杉山長谷雄氏の手によって作られました。浜田節男踊りは、島根県FD連盟の辻田紗季子会長の推薦で全国の民謡課題曲8曲に選定され、全国各地に普及して踊られています。浜田節女踊りは、北前船の浜田入港により、花柳界での船乗り相手の酒盛り唄として歌われていたハイヤ節に手を加えたものです。先人たちの歓喜と哀愁が秘められた民謡をお楽しみください。

佐陀神能保存会

団体名
佐陀神能保存会
地域名
松江市鹿島町
芸能名
佐陀神能

江戸時代を通じ旧8月24日の御座替祭、翌25日の法楽として舞われる式三番・神能は当社の支配下にあった佐陀触下と呼ばれる出雲國三郡半の神職・巫女が奉仕する慣わしでしたが、時代とともに継承が難しくなり、大正8年に氏子有志で古伝神事保存協会に神能部をつくりました。これが現在の佐陀神能保存会の前身となります。

「佐陀神能」は、「七座神事」「式三番」「神能」の総称として使われています。「佐陀神能」は、昭和36年6月に島根県無形民俗文化財指定され、昭和51年5月に重要無形民俗文化財に指定されました。

島後久見神楽保持者会

団体名
島後久見神楽保持者会
地域名
隠岐郡隠岐の島町
芸能名
島後久見神楽

隠岐では、昔から神楽を司る家すじを社家といい、京都の吉田家から裁許状という免状を授けられた神楽社家を専業とする格式ある家柄の方々が、神社の祭礼をはじめ、雨乞いや大漁・病気平癒など各種の祈願の神楽を行っていました。隠岐の神楽は、島後の「穏地神楽」「周吉神楽」、島前の「島前神楽」の3つに分けられ、特徴としては、人に見せる神楽ではなく、大漁祈願や悪魔退散、病気平癒といった祈願のための祈祷神楽です。島後久見神楽は、昭和37年に島根県無形民俗文化財に指定、昭和53年に国の選択無形文化財に選択されました。

松江市鼕行列保存会

団体名
松江市鼕行列保存会
地域名
松江市
芸能名
松江の鼕

出雲地方では太鼓のことを鼕(どう)といいます。松江の鼕行列は、打ち面を上にむけた大きな鼕(約 1.2 ~ 1.8m)を据えた山車屋台を、鼕宮または鼕台といい、多数の老若男女が打ち鳴らしながら引き廻る祭りです。その起源は、古くから行われていた正月行事「左義長」(とんど行事)まで遡りますが、現在の鼕行列は大正4年、大正天皇即位の御大典の折、各町が屋根付きの鼕宮を造り、11月15日に38町内55台が市内を行列して祝ったことから始まります。一家三世代、それぞれの担い手に分かれて参加する伝統行事です。

浜っ子ハイヤ節の会

団体名
浜っ子ハイヤ節の会
地域名
浜田市
芸能名
浜っ子ハイヤ節

浜っ子ハイヤ節は、平成5年に浜田の新しい民謡として誕生しました。ハイヤ節発祥の地といわれる熊本県の牛深を訪ね、牛深の方々の指導の下にできたものです。そして平成12年、沖縄在住の喜納昌吉氏により、石見神楽の八調子を取り入れた現在の浜っ子ハイヤ節になりました。

ハイヤ節は北前船などの船乗りたちにより、全国の寄港地で、潮待ちや風待ちの間に遊ぶ中で広まったそうです。そして、南からの風を「はえのかぜ」と昔から呼んでいますが、その「はえのかぜ」が、「ハエヤ」→「ハイヤ」になったようです。

浜田大名行列保存会

団体名
浜田大名行列保存会
地域名
浜田市
芸能名
浜田大名行列奴隊

浜田大名行列は、元和5年以来幕末まで、参勤交代の折に行われていました。藩政時代の浜田藩の威容を示す古式豊かで絢爛豪華な郷土芸能であり、各種祝賀行事で披露されてきました。昭和44年には保存会が発足し、毎年の浜っ子まつりのメイン行事として、最近では外国人や保育園児、小学生も参加するなど、市民参加の行列として定着しており、浜田藩の時代絵巻が蘇らせています。伝統を誇る城下町の無形文化財的な演技を練習してきました。ご声援をお願いいたします。

上今明田ばやし保存会

団体名
上今明田ばやし保存会
地域名
浜田市三隅町
芸能名
田ばやし

農民が豊作を祈って田の神(サンバイさん)を祀りました。その時、田の神に奉納したのが小笠原流田ばやしで、三隅町井野地区で安永9年頃から継承してきたといわれています。昔は、浴衣に赤と青のたすきをかけてそろいの花笠をつけた男たちが、大太鼓・小太鼓を打ちながら田歌を歌い、田んぼの中で着飾った牛が代をかき、化粧をした早乙女が音楽にのって田植えを行っていました。このはやし田は、代かき行事、田植え行事、はやし行事の三者が、信仰と労働と芸能とともに一体となっている民俗学的にも貴重なものです。

杵束田ばやし保存会

団体名
杵束田ばやし保存会
地域名
浜田市弥栄町
芸能名
田ばやし

平成9年に地域の伝統芸能の保存・継承を目的に、前身の「錦が丘田囃子保存会」が発足し、今年でちょうど20周年になります。豊作を願って、田の神「さんばいさん」をまつる時に奉納するのが「田囃子」です。現在の会員数は約30人で、毎年7月に行われる地元の錦丘八幡宮の例祭「祇園祭り」での奉納をはじめ、5月の「ふるさと体験村春まつり」や8月の「弥栄ふるさと祭り」などで披露しています。その他、12~13人で老人施設への訪問や、各種イベントで年に20回以上の公演を行っています。